PROFILE
根岸 孝旨Takamune Negishi
1961年9月28日、埼玉県で生まれる。はじめて触れた楽器はピアノ。大宮の親戚の家で弾いたときから音の魅力的に引きこまれ、音楽性に目覚めていった。高校入学後はクラシックギター、混声合唱などに夢中になり、やがて年頃の若者らしくロックギターへと辿り着く。ある日、参加したロックライブ会場で、小田原豊氏(のちのレベッカのドラム)と知り合い「ベースを持たせられることになった」という。そして出会ったベースがフェルナンデスのフレットレス・ベース。知人から借り受けたものだったのでとてもとても大切に扱いながらも…プレイスタイルは「思い切りひっぱたく」系。ベースと真剣に向かいはじめた頃によく出かけたライブで見た樋沢達彦氏に感化されたものだった。その後、数々のベーシストとの出会いから、さまざまな弾きかたを学ぶも、立ち返るのはやはりパワー&動。そうして根岸孝旨の自分スタイルを確立させた。 大学1年のとき、小田原豊氏らとザ・フーを模倣したバンドをはじめたことがきっかけで、多くのミュージシャン・ネットワークができはじめる。大学3年には太田裕美氏のバックバンドに参加し、いずれプロへと志しは高まり、一つの出会いが思いを現実へと導く。志あれど、礎築けずではいけない。ミュージシャン希望者が無数いる中、プロ・ベーシストとしての在り方を一から指し示し、理性をもって説いてくれたのが、太田裕美氏のバッグバンドでギターを担当していた人物であった。今では故人であるが、その出会いが根岸孝旨の扉を拓き、光ある方向へと推し進めてくれた。しかしながら道はそう平坦ではなく…。辛酸を舐めたのは、大学卒業後、すんなりとミュージシャンへの道を進んでからだった。音楽家としての安定した収入、ポジションは深い霧の中。決して順風満帆とは言えない厳しい現実に直面しているとき、サザンオールスターズのベーシストのミッションが飛び込んで来る。プロになってから知り合った小林武史氏が声をかけてくれた。「失うものは何もない」という勢いで、自由に根岸スタイルを表現したとき、目に留めてくれたのが桑田佳祐氏だった。
「何者なんだ、おまえは?!どこに隠れていやがった!」そのとき使用したベースはVOX。当時としては非常にめずらしいものであったという。
ターニングポイントはサザンオールスターズ。レコーディングはもとより、休業中の関口和之氏の代理を務めるなどサザンの仕事がミュージシャンとしての知名度をあげたことは間違いない。また、メジャーへの扉を開いてくれることにも…。
1989年には自身のバンド Dr.Strange Loveを結成。メンバーは古田たかし氏、長田進氏。この3人で携わった藤井フミヤ氏のツアーなどが評判を呼び、次に奥田民生氏へのサポートに繋がる。そして1997年、ようやくメジャーデビューを果たすこととなる。根岸孝旨、34歳。ミュージシャンへの道を歩みはじめてから経過した時間の長さが物語るように、人間としての成熟度も増しているさなかであった。